前回の続きを。
私の持論の話。
”人は100%解り合うことは出来ない”
”人と人は一つになれない”
”世の中には私と他人しかいない”
”親兄弟恋人を含め他人は私では無い”
by 17歳のわたし
そして、この若気の気付きがその後の私に
「とても柔軟な考え方」
と
「世界を生きやすく見えるような目」
を与えてくれました。
と、書いて終わった前回。
他人と自分について、本気で考えた悩んだ時に
たどり着いた、私なりの真理です。
どんなに恋しかろうが、分かち合いたいと思おうが
二人の人間は一体にはなれない。
当時は、
「なんでわかってくれないの?」
「なんでもっと気持が近づけないのだろう」
などと、必死で考えてみたものの、苦しさと
歯がゆさと、怒りが入り混じった気持だけが
モヤモヤとするばかり。
何かのきっかけでケンカでもしようものなら
可愛さ余って憎さ百倍と言った感じでしょうか。
色々ありましたが、そこで気付いたことが
今回のお題です。そして、その後ですが、
持論の結論は、
「人は私ではない」
↓
「人は違って当たり前」
要は、他人である事を理解したのです。
なんだか当たり前の着地点ですね・・・
でも、これはとても大きい事でした。
他人の理解出来ない言動や考えを許容する
器が出来たんですよね。
基本的に、他人が違って当たり前なので
たいていの場合は、理解出来ます。
理解と言っても中身では無くて、
自分とは違って、そう考える人が居る事を
認めると言うことです。
例えると、不幸やハッピーな事があった人から話を聞いて
「気持は共感できないけど、大変な事があって気持が落ちていることや、
良いことがあって嬉しいんだとは理解出来る」と言えば伝わるでしょうか。
そんなこんなで、よく「冷たい」とか「クール」とか言われます(^_^;
でも、本人では無いので、安易に「ワカル~ワカル~」と
共感なんて出来ません。だって大抵ちがうんだもん。
大人が子供と話す時は共感は、ほぼなく
外国人と話す時も、文化や習慣の違いから互いに違う事を
意識出来るのに、なぜか同い年以上になると、
自分勝手になってしまいますね。反省はんせい。
話がそれましたが、相手が違うと言うことをまず理解する
事から始めれば、もっと人にやさしく出来るのではないかと
思っています。
優しいと言えば「親切」。
このキーワードは、また次回へ。
”言葉にして伝える”
って、とても難しい。
自分が思っている事を的確に言葉にすること、
その言葉を相手が解るように投げかける。
相手が言葉から思いを理解してくれる。
相手が理解した思いを言葉にして、
それをまた私が解るように投げ返す。
私がその言葉が自分の思いと同じなのか確認する。
私は自分の思いを的確に言葉に表せている?
言葉にした単語は相手に同意で聞きとられた?
相手はその真意、意図をくみ取ってくれている?
相手は理解した思いを言葉に表せて居る?
相手の言葉が私には理解できている?
なんとなく上手く言ったと思っていたのに、
表面的な単語のやりとりになってしまった事は幾度も経験している。
たった一言の言葉だけでもこれだけ不安定な状態でやり取りされている。
普段、数言で交わされている人のやりとりがとても気になる。
”絶対それ通じ合ってない・・・”
やり取りに不安は無いのだろうか。
長く同じ時間を過ごしていると、
お互いの考え方や使う言葉の意図が
判るようになるところもあるので、
暗黙のやり取りが可能になることもあるけど、
やっぱり不安。
”言葉はとても不自由”
な物だと思う。
思いの十分の一も表せない気がする。
でも、言葉にしないと何もわからないし、伝わらない。
まずは、お互いのズレに気付いて、
お互いにズレを補正していく事が必要なんだろう。
大事なやり取りをするまでに、日頃から言葉のやり取りをして
お互いに理解をしやすい下地を作って置くことが大事ですね。
でも、私の持論は、
”人は100%解り合うことは出来ない”
”人と人は一つになれない”
”世の中には私と他人しかいない”
”親兄弟恋人を含め他人は私では無い”
by 17歳の私
これを表面的に言葉通り取ると、なんて孤独で、
狭い了見なんだろうと言われます。
でも、そう言って貰わないと、次のネタに行けないので、
むしろ確信犯的な表現です(笑
こんな若気の気付きも、その後の私にとても柔軟な考え方と
世界を生きやすく見えるような目を与えてくれました。
そのお話は、また次の機会に。